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コラムVol.88【梅雨】

「雨の中にも光あり 〜梅雨のこころ〜」

六月を迎え、今年も梅雨の季節に入りました。空はどんよりと曇り、雨が続く日々。「洗濯物は乾かない」「気分が沈む」と、つい愚痴のひとつもこぼれそうになります。しかし、仏教の教えに照らしてみると、この雨の季節にも大切な気づきが隠されているように思います。

たとえば『法華経』の「薬草喩品(やくそうゆほん)」には、仏の教えを雨にたとえる場面があります。仏は雲となって大地を覆い、慈悲の雨を平等に降らせる。山にも谷にも、草にも木にも、その雨は差別なく降り注ぎ、それぞれの命が必要とする分だけ潤いを得る。草木がそれぞれの性質に応じて育つように、私たちもそれぞれの人生に応じて、仏の教えから気づきと力をいただくのです。

梅雨の雨は、決して無駄なものではありません。農作物の成長に必要な水をもたらし、大地を潤してくれる大切な恵みです。自然の循環の中で、雨があるからこそ夏が来て、秋の実りがあるのです。

人生も同じです。私たちは晴れの日ばかりを望みますが、雨の日、つまり困難や苦しみの中にこそ、気づきや成長の種がまかれているのです。つらい時期をどう過ごすかによって、その先の人生の実りも変わってきます。

梅雨の雲の向こうには、いつも太陽が輝いています。たとえ見えなくても、太陽は消えたわけではないのです。私たちの心の中にも、仏さまの光、慈悲と智慧の光が常にあります。それを信じ、日々を丁寧に、感謝をもって生きることが、仏道の実践ではないでしょうか。

この梅雨の時期を、「ただの雨」と見るのではなく、「仏の慈雨」と受けとめてみましょう。その心ひとつで、うっとうしい雨もありがたい恵みに変わります。